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久しぶりに    07/30/2007
 まったく更新していませんでした。
ミクシーをのぞいていると・・・ついつい 時間がなくなります。
ダメダメ!!! それではいけません


で・・・今日は 大好きなセニョール(サッカーコーチ)の真似。

家族の紹介


まずぅ~~~~

私:  杏ママだったり にぎやかママだったり。


もうすぐお誕生日の43歳

1963年うまれですよ。

オリンピックの時1歳

兄はいますが 11歳も離れているので ほぼ一人っ子。
そう わがまま気ままに育ちました。
お医者さんの家庭に生まれて 何不自由なく・・・?
お手伝いさんもいたそうです。(すご~~~~い!)

がっ!

2歳の時 父が他界(覚えていませんが)
でも・・・開業していた医院を母が存続(おばちゃんですが社交的なので)

5年生のとき 再婚。(そのときは嫌でしたわ。)

大好きな母に頼まれて 泣く泣く承知したのでした。
母は父がなくなってから 天下のニッセイのおばちゃんに転身。

そこでも・・・持って生まれた社交性をいかんなく発揮!
営業成績は常にトップクラスでした。

おかげで 私はしょっちゅうご褒美の旅行で学校を休みました。

再婚した父は 物静かでやさしい人でした。
ずっと普通の家族をやっていましたが、
私の結婚を機に・・・
「結婚(再婚)してくれててよかったなぁ~~~」と思いました。

母を一人にしないで済んだのです。

7年のいまでは考えられない永いつきあいの末 試しに申し込んだ都営住宅の当選をきっかけに パパさんと結婚

いまでは変わってしまった体育の日に挙式でした。

  さぁ~~~そろそろ 長男の・・・妊娠出産です。

西暦は・・・1987年かな? 昭和62年ですが・・・。

長男 俊伸 誕生です。彼も もうすぐ誕生日20歳  はたちになちます。

20年前 あっというまでしたねっ

彼は本当にたいへんな出産でした。
お腹に居るとき(出てくる直前) してしまいました。

これはとってもだめなことで・・・。
俊伸の肺にがこびりついて・・・。
出てきた直後に肺洗浄とか 注射とか点滴とか・・・知りませんでしたが 生死をさまよったそうです。

家族的には5人目の孫でしたが、末っ子の主人の長男誕生!!!と言う事で、みんなで祝杯をあげていたところに 病院から緊急電話だったそうです。

私には何も告げられません。 産後なのでいらぬ心配はかけなかったそうです。
で・・・集中治療室(ICU)ですよ

母乳をあげられなくて つらかったのを覚えています。
やっと面会が許されて ・・・(ガラス越しに眺めるだけでしたが)
手足に点滴を打たれてて なんともかわいそうでした。
全部殺菌消毒なので ビデオを回せなかったのが残念でした

そんな大変な出産にもかかわらず  本当に 絵に描いたような 元気いっぱいの男の子で とにかくかわいかったです。
よくハーフだと思われました。

起きてる時はとにかく動いていました。
(男の子は若くないと育てられない・・・)そう思いました。


2年後・・・長女 紗友子 夫婦は本当に健康なのです。
平成元年生まれの女の子が欲しくて・・・できました

あと3日おそければクリスマスイブでした。

 平成元年のクリスマスは病院ですてきなディナーをいただきました。

長男にくらべて 申し訳ないくらい ブチャイクで・・・
(女の子なのに・・・どーしよう)

本当に そう思いました。
下膨れの一重でまつげもありませんでした。
おでこのところにつむじがあって 前髪が角みたいに立っていました。

そりゃもうビックリ!!!

しかし・・・男の子とはくらべものにならないくらいおりこうさんでした。
2分も目を離すと行方不明になる俊伸に比べて ママの見えないところには絶対に行かないし、わがままを言って泣くこともないし、眠くなったら
「ねんねするぅ~~~」といってスヤスヤ・・・

しかし・・・幼稚園に行ってからが大変でした」。
しゃべれなかったんです。

遠くから「せんせ~~~~~!」って言えないので
先生のそばにいって肩をポンポンとたたいて はじめて「せんせい」と言う。
「おしっこ」が言えなくて まいにち パンツをぬらして帰って来ました。

でもそんな紗友子を本当に理解してくれた先生に 感謝感謝です。
思っている事をちゃんと言えないので精神的にも何かがあって、「チック」
目をパチパチし始めてしまったのです。

これは 親としては ショックでした。

原因なんかわかりません。
夫婦ではなしあって しばらく甘やかすこと(紗友子中心)で行こう!と決めました

それまではどうしても俊伸中心だったのです。

年長になったからはそんなこともすっかりなくなり 男の子にまけないくらいやんちゃになりました。

子供に手がかかるのは 小さいときから大きくなって反抗期も合わせてトータルで考えなきゃだめなのかな?・・・と 最近思います。


末っ子の真里・・・この方は ほんとうに面白いので 次回の日記にします

きょうは ほんのさわり・・・俊伸と紗友子の大きくなってからの話も書いていきます。

いがいと ツラツラ書ける自分に驚いています




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近況・・・    07/10/2007

ミクシーもやっていて 両方に書き込むのがなかなか出来なくて。

さてさて・・・
やっぱ お嬢さんのこととか 坊ちゃんのことはここだぁ~

長女 紗友子

3年生になって 大学を決める時期になりました。
このあいだ 「オープンキャンパス」に行きました。
多分・・・東京成徳大学 だと思います。ねらいは!

幼稚園の時から揺るがない「保育の道」
これは 母親ながら「すごいなぁ~~~!」と、思います。


私の希望は音大に行って「音楽の道」なんですが・・・

本人はまったくその気はなく。
お友達が中学から音大の付属だったり、ピアノの先生のお嬢さんがやはり音大だったり・・・
そんな人が近くにいても まったく興味なし。
「どんだけ音楽したいんだろう?・・・」だそうな。

すてきなドレスを着て、演奏会なんかに出ている姿はとっても素敵で、華やかで・・・
なんか 少し世間の忙しない感じを忘れさせてくれる。

そんな空間が私は大好きで、「紗友子なら出来るだろうなぁ・・・」と。
そんな 母の気持ちは無視。

真里も「高校に行ったら踊りを再開する。」と言っていたものの・・・

女バスのマネージャー。

お稽古に行けません!!

どっちも素晴らしい先生の指導で大きくしていただいたものの、本人達はそんな事はまったく興味ないというか・・・
   知らない。

踊りの先生も超一流。
ピアノの先生も 普通にしている超一流。

近くの芝生は良く見えない?

2人とも共通しているのは 希望の高校生活を送っている事

吹奏楽がやりたくて無理して入ってがんばっている紗友子。

熱い部活に入りたくて、急遽進路変更して・・・
入ったものの・・・すぐに怪我...で.挫折。

そこから方向転換

マネージャーを買って出た真里。


文句はいっぱいあるようだけど 間違いなく充実している。

2人とも部活のお陰できちんとした身なりをしている

これだけでももうけもの

今 紗友子は13日に参加させてもらう
「東京音大シンフォニックウインドアンサンブル」
定期演奏会で 失敗のないように・・・練習。

この演奏会も 「東京芸術劇場」
ここで演奏ができるという
ありえない体験をさせてもらう事にも
感動している感じはなく・・・トホホ

母は必死でチケット探しているのにも関わらず ご本人は他人事

真里は 都立高校では数少ない「女バス1部リーグ」から落ちないように・・
みんなが気持ちよく練習できるように奮闘中!

2人とも もうすぐ始まる夏休みの練習・合宿が鍛えどころ

紗友子は高校生活最後の
真里は初の合宿 イェ~~~イ 死ぬよ。

  がんばって~~~!!
梅干しのつけ方    07/05/2007
梅雨とともに 梅干の季節・・・

毎年 楽しみな行事です。
多分・・・俊伸が生まれた年にも漬けたから・・・
「20年もの」も我が家には存在します。

で・・・毎年 はくさいより らっきょうより簡単!

どうですか?

漬けてみません???

大切な事は「良い梅」

今は やっと出会った 和歌山の南部村の梅農家でお願いしてます。

去年は4Lの梅で漬けてみました。
これはも~~~~ うん!
「デパートなら一粒300円かな?」

今年は それよりは少し小さいもので・・・

でも なかなか楽しみですぞ。



それでは・・・

○梅・・・10㌔
○塩・・・1㌔
  (天然塩のいいやつ 最低でも伯方の塩)
○ざらめor氷砂糖・・・800㌘~1㌔
  (少し少なめでも大丈夫)
○焼酎・・・5合(180CC×5)
(20°~30°)

 準備するものはこれだけ。
あとは・・・やる気!


梅が すべて黄色くなるまで追熟させて 梅干専用の容器に・・・

塩⇒梅⇒砂糖 塩⇒梅⇒砂糖・・・・の順で入れていきます。

最後に焼酎を上から「ざぁ~~~~~!」っと かけて 終わり。

軽い重石をして、2~3日で水分が上がってきたら 重石を外してちゃんと蓋をして 待つ・。

干すときはまた お知らせします!

今年もおいしい梅干しが出来そうです!



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