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奇跡    10/19/2007
抗体検査

私の方針で うちの子供達は主要な予防接種はしていません。

長男 俊伸が3種混合を受けるその年 副作用が社会問題になり、それまではほぼ強制で打っていたものが、自由・任意になって・・・

何万人に1人になるのが怖いので、拒否してきました。

私もBCGのほかは受けていない事を聞いて、
「なら いいやっ!」

今の医療は進んでいるので、高熱が出たら昔のように氷枕で寝かしている事はあまりなく、基本は病院に行くので そのときの処置に誤りがなければいいかな? 

そんなふうに考えて 水疱瘡も風疹も感染して済みました。

はしかはだれもかかっていませんでした。

で・・・真里。
夫婦は子供の頃かかったらしく問題ない!

上 2人です。

学校に通学している以上は、親の責任もあるので「抗体検査」はしましょう。

で・・・なんと!

紗友子さんに抗体があったのです。

ありえないっ!

いつ? どこで? 症状は?・・・謎だらけです。
でもあるんだそうです。

知らないうちにかかっていて、たいしたことなく風邪かなんかと間違えて終わってしまう事が。

長男君は もちろんありません!

これから掛かってくれる事に期待します。

ワクチンも「血液製剤」らしく 友人の医師は「あんまり奨められない」と。

完全に検査できているかは疑問なんだそうです。

もちろん彼女は小児科医ですから、一般の患者さんには言わないですけれど。

私が 信頼している医師にそういわれると なんとなくほっとしました。

個人差はありますが、はしかも昔言われていたほど怖いものじゃないなっと思いました。

娘3人が続けて感染した友達は「死ぬかと思った!!」と言っていましたが・・・。
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  で・・・この入院生活初体験の真里様。

以前 友達が入院したとき
「こんな病院なら入院したいなぁ~~~」

そう言ってました。  夢が叶ったのです

本人はそう言ってしまった自分を悔やんでいましたが・・・(笑)

なにより注射を恥ずかしいほど恐れる高校生。

幼稚園児より たちが悪い。

おまけに到着してすぐに点滴をうちたいものの、熱と水分不足で血管がまるで浮き出てこない!

お気の毒な・・・。

何回も針で刺されて、しかたなく肘の関節の採血するところに。

これが一大事!

腕が曲げられない!!! と、本人が思ってしまったら・・・もうダメ!
何を言っても聞く耳持たず。

今の点滴の技術(針)はすごい!

血管に刺すときは、確かに針で刺すんだけれども・・・その針の中に血管内に入る極細のチューブが仕込まれていて 針が無いんです!

画期的で驚きました

でも・・・ダメです。

彼女の頭の中には 「針」 それしか考えられないんです。

当日は2本ほどの点滴を受けましたが、

翌日の回診で なんと! 点滴拒否。

真里の具合の悪いのは 熱でも、発疹でもなくまさに「点滴」が天敵なんです。

先生に「水分とるから点滴は止めて!!」と、お願いして 点滴から解放されて まさにほっとしたようで・・・

時々 びっくりすることをするんだけど、今回も彼女の行動には驚きました。

点滴からも解放されて 携帯もテレビも自由に見れて快適な入院生活を4日で終わらせて 退院。

高校は現在8人の子が発症したらしく・・・スタートは真里じゃないので、責任なくてよかったぁ~~~!!と 親としては思ってしまいます。

1年生は学年閉鎖で 元気な子は大ラッキー!

真里も 体力は落ちているものの序序に回復しています。

月曜日は調子がよければ登校できます。

  PART4へつづく

はしか

なんと 次女の真里がはしか(麻疹)にかかっちゃいました!!!

バスケットの研修大会に参加・・・でもすぐ具合が悪くなって。
とりあえず一日はすごしたものの・・・翌日は病院で診てもらって 血液検査
翌日になっても、翌々日になっても一向に症状は変わらず・・・謎。

今までそんな事はなく、軽い風邪・疲れなら1~2日で回復するのに・・・。

3日後に検査結果を聞きに通院・・・で
検査結果にも疑わしい症状がみうけられないので急遽大学病院へ紹介状を書いてもらっているそのとき・・・発疹!!

なんとも突然で。

それでも やっぱり確定はできないので 順天堂大学病院へ

そこからは どんどん熱も高くなり 発疹も本物になって
「はしか」断定!  即入院!

それも・・・個室。 
ところが その個室が空いてなく・・・特別室! VIPROOM!

個室料金で泊まれる手続きはしてくれたものの・・・
やっぱり個室料金!! 23500円/1泊

「結構です!連れて帰ります。」 とは言えないですよ。

PART3へつづく・・・

すご~く久しぶりに・・・日記?
いや! 日記じゃなくなってる

とにかく あまりにも出来事が多すぎて・多すぎて・・・どんだけぇ~~

私ではないけれどチワワを保護しました。

近くの光が丘公園でからすに襲われそうになっているちわわを知り合いの方が保護しました。その時は、噛まれてしまったそうですが、すごくおりこうさんです。
1.3㌔♂ 白がメインでからだに黒の牛のような模様・おしりのところはうっすらクリーム?買ったときは「トライカラー」と言われたんじゃなかな?

土曜日(9月28日保護)になってしまったので、月曜日にさまざまな機関に届け出をしたものの・・・未だに該当者ナシ。

ワンコの仲間でいろいろな状況を想定して「まさか捨てるはずが無い!」と信じて 今飼い主探しに手を尽くしているところです。

想定1:東京ではなく他府県で盗まれて、盗んだ人がここらへんに来て逃がしたか?飼えなくて放したか?で・・・盗んだ犬だから届けるはずは無く放置。

想定2:お年寄りが飼っていて、家から抜け出したか、やはり盗まれたか・・・でも届ける術を知らなくてそのままになってしまっているか?

mixiでも声をかけて情報をお願いしているんだけれど・・・こちらも未だに無し(泣)

これから先飼ってくれる人はいても、やはり本来の飼い主が一番

諦めないで 探します。




久しぶりに    07/30/2007
 まったく更新していませんでした。
ミクシーをのぞいていると・・・ついつい 時間がなくなります。
ダメダメ!!! それではいけません


で・・・今日は 大好きなセニョール(サッカーコーチ)の真似。

家族の紹介


まずぅ~~~~

私:  杏ママだったり にぎやかママだったり。


もうすぐお誕生日の43歳

1963年うまれですよ。

オリンピックの時1歳

兄はいますが 11歳も離れているので ほぼ一人っ子。
そう わがまま気ままに育ちました。
お医者さんの家庭に生まれて 何不自由なく・・・?
お手伝いさんもいたそうです。(すご~~~~い!)

がっ!

2歳の時 父が他界(覚えていませんが)
でも・・・開業していた医院を母が存続(おばちゃんですが社交的なので)

5年生のとき 再婚。(そのときは嫌でしたわ。)

大好きな母に頼まれて 泣く泣く承知したのでした。
母は父がなくなってから 天下のニッセイのおばちゃんに転身。

そこでも・・・持って生まれた社交性をいかんなく発揮!
営業成績は常にトップクラスでした。

おかげで 私はしょっちゅうご褒美の旅行で学校を休みました。

再婚した父は 物静かでやさしい人でした。
ずっと普通の家族をやっていましたが、
私の結婚を機に・・・
「結婚(再婚)してくれててよかったなぁ~~~」と思いました。

母を一人にしないで済んだのです。

7年のいまでは考えられない永いつきあいの末 試しに申し込んだ都営住宅の当選をきっかけに パパさんと結婚

いまでは変わってしまった体育の日に挙式でした。

  さぁ~~~そろそろ 長男の・・・妊娠出産です。

西暦は・・・1987年かな? 昭和62年ですが・・・。

長男 俊伸 誕生です。彼も もうすぐ誕生日20歳  はたちになちます。

20年前 あっというまでしたねっ

彼は本当にたいへんな出産でした。
お腹に居るとき(出てくる直前) してしまいました。

これはとってもだめなことで・・・。
俊伸の肺にがこびりついて・・・。
出てきた直後に肺洗浄とか 注射とか点滴とか・・・知りませんでしたが 生死をさまよったそうです。

家族的には5人目の孫でしたが、末っ子の主人の長男誕生!!!と言う事で、みんなで祝杯をあげていたところに 病院から緊急電話だったそうです。

私には何も告げられません。 産後なのでいらぬ心配はかけなかったそうです。
で・・・集中治療室(ICU)ですよ

母乳をあげられなくて つらかったのを覚えています。
やっと面会が許されて ・・・(ガラス越しに眺めるだけでしたが)
手足に点滴を打たれてて なんともかわいそうでした。
全部殺菌消毒なので ビデオを回せなかったのが残念でした

そんな大変な出産にもかかわらず  本当に 絵に描いたような 元気いっぱいの男の子で とにかくかわいかったです。
よくハーフだと思われました。

起きてる時はとにかく動いていました。
(男の子は若くないと育てられない・・・)そう思いました。


2年後・・・長女 紗友子 夫婦は本当に健康なのです。
平成元年生まれの女の子が欲しくて・・・できました

あと3日おそければクリスマスイブでした。

 平成元年のクリスマスは病院ですてきなディナーをいただきました。

長男にくらべて 申し訳ないくらい ブチャイクで・・・
(女の子なのに・・・どーしよう)

本当に そう思いました。
下膨れの一重でまつげもありませんでした。
おでこのところにつむじがあって 前髪が角みたいに立っていました。

そりゃもうビックリ!!!

しかし・・・男の子とはくらべものにならないくらいおりこうさんでした。
2分も目を離すと行方不明になる俊伸に比べて ママの見えないところには絶対に行かないし、わがままを言って泣くこともないし、眠くなったら
「ねんねするぅ~~~」といってスヤスヤ・・・

しかし・・・幼稚園に行ってからが大変でした」。
しゃべれなかったんです。

遠くから「せんせ~~~~~!」って言えないので
先生のそばにいって肩をポンポンとたたいて はじめて「せんせい」と言う。
「おしっこ」が言えなくて まいにち パンツをぬらして帰って来ました。

でもそんな紗友子を本当に理解してくれた先生に 感謝感謝です。
思っている事をちゃんと言えないので精神的にも何かがあって、「チック」
目をパチパチし始めてしまったのです。

これは 親としては ショックでした。

原因なんかわかりません。
夫婦ではなしあって しばらく甘やかすこと(紗友子中心)で行こう!と決めました

それまではどうしても俊伸中心だったのです。

年長になったからはそんなこともすっかりなくなり 男の子にまけないくらいやんちゃになりました。

子供に手がかかるのは 小さいときから大きくなって反抗期も合わせてトータルで考えなきゃだめなのかな?・・・と 最近思います。


末っ子の真里・・・この方は ほんとうに面白いので 次回の日記にします

きょうは ほんのさわり・・・俊伸と紗友子の大きくなってからの話も書いていきます。

いがいと ツラツラ書ける自分に驚いています




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